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2001/6/15 いづのめ教団地上天国祭ご講話

世界救世教の奇跡や、布教のあり方はいまどうなっているでしょうか。2001/6/15のいづのめ教団地上天国祭のご講話から学びたいと思います。

ご講話

渡辺理事長

皆様、地上天国祭おめでとうございます。

まず韓国、ブラジル、台湾、アメリカ、アルゼンチン、フランスの海外参拝団七十七人の皆さんです(拍手)

さて、今悲しい事件が世界中で起きていますが、明主様が「人類が生命の安全を確保される時代」が真文明の時代であるとおっしゃったように、私たちが率先して、未来に生きる世界中の子供たちのために、安心して生活できる真文明世界を築きあげていかねばと思います。人を愛し、一人でも多くの愛を行う「誠の人」を増やしていくことができれば、社会が変わり、国が変わり、世界が変わって、真の文明世界、地上天国ができると思うのです。

改宗勧める牧師に浄霊

昭和六年六月十五日以降、毎年昼の時代に向けて、その御光はどんどんと強まってきて、螺旋状に昼の時代が開かれてきています。「夜昼転換」の御教えにありますように、-- 完全に昼の世界になる前に夜の文化の総崩壊が起きるが、それも浄霊の原理を知り、昼の文化建設の事業に加わることで、この転換を乗り切ることができる -- と、そう明主様は、御教えくださっています。

救世教の教線は現在世界七十か国に伸びていますが、A国では、ジョルトン君という二十九歳のブラジル人の青年が布教していて、信徒は現在約六百人です。

ある日、プロテスタントのメソジスト派のフレディー・ホハスという牧師が浄霊センターを訪ねて来て、ジョルトン君に、「あなたは聖書を勉強しているか。聖書によって救われようとしているか」と言うのです。ジョルトン君は思わず、「ありがとうございます。ずっと聖書の勉強をしたいと思っていたのですが、いい指導者がいません。ぜひ教えてください」と返事をしました。

そして、牧師から聖書をもらったので、「ありがとうございます。お礼に、私も素晴らしい教えだと思ってずっと信じてきた岡田茂吉師の本を持っていますので、差し上げます」と言って、『天国の礎』を差し出し、「これを一緒に勉強してください」と言ったのです。

さらに、「勉強を始める前に、私が神様からたくさん御光をいただいて、大勢の人を救えるように祈ってください」と頼み、一分くらい祈ってもらいました。そして、「牧師さん、今度は私にお祈りをさせてください。手を合わせて、イエス様、またその父である神様から御光をいただけるように共に祈りましょう」と提案したのです。ジョルトン君は、「どうかこの人が神様の御用ができる人に誘ってください」と祈って、浄霊を始めました。

牧師は、恍惚として浄霊を受け、三十分後、「終わりました」と言っても、動かない。ポンポンと肩をたたいたら、ハッと我に返り、「本当に素晴らしい。私は五十二年間生きてきて、神様と共にいる、神様の愛の光に包まれた、ということを初めて実感した」と言うのです。この日から、勉強の前にジョルトン君が牧師に浄霊を取り次ぐのが日課になりました。

一週間が過ぎ、そのフレディ牧師が、「教えは、シンプルだが、実に真理をついている。それにまた浄霊が素晴らしい。この浄霊は私にもできるのだろうか」と聞くので、「教修を受けて、『おひかり』をいただけばできます。ただし、この浄霊を大勢の人に伝える活動を支えていくために、一割献金をしなければなりません」。すると「私もぜひいただきたい -- とのことで、牧師は聖職者の格好をしたまま、教修を受けたというのです。

「明主様は救世主だ!」

しばらくして、フレディ牧師が来て、「一つだけ教えの中に腑に落ちないことがある。明主様は救世主であると書いてあるが、翻訳が間違っているのではないか」。ジョルトン君は、「いや、間違いではない。でも、やはりあなたもそこに疑問を持ちましたか。実は私も長い間、同じ疑問を持ち続けていた。しかし浄霊を十数年取り次ぐ中で、神様から答えを見せていただいた。だから牧師さんも、疑問は疑問として残したままで、とにかく生とし生けるものすべてに浄霊をしてください。きっと神様が答えを見せてくださるはずだ」と告げたそうです。

牧師は、腑に落ちない顔で浄霊センターを出て行ったのですが、メソジスト教会の門前にさしかかると、そこに小鳥が落ちていたのです。手の平に乗せてみると、もはや死んでいました。ふと「生きとし生けるものすべてに浄霊をしなさい」と言われたのを思い出し、浄霊を取り次ぎ始めました。しばらくすると、なんと小鳥が目を開けて、首をもたげ、羽をバタバタし始め、やがて元気に飛び立っていったのです。

牧師は、驚きのあまり教会にも入らず、そのまま引き返し、息をきらしながら浄霊センターに飛び込んできました。そしていきなり、「ジョルトン。分かったぞ。イエスが言われたことをすべて具現される方が、明主様だ」と言うのです。

イエスが言われたことというのは、ヨハネの福音書十四章にある -- 私を信じる者は、私が昇天した後に、私以上に大きな奇蹟を取り次ぐ人がこの世に現れる -- というような預言です。それでジョルトン君が「あなたはイエスからすごく愛されている人なんですね。そうでなければ、明主様に会わせてはいただけなかったでしょう」と言ったら、「その通り」と牧師は、大きくうなずいていたそうです。

それからというもの、フレディ牧師は、非常に熱心に浄霊を取り次ぎ、一割献金を届け、毎週末には、メソジスト教会の信者さんを集めて、ミニ生け花を作り、お祈りをして、浄霊を取り次ぎ、配っているそうです。さらに驚いたことには、メソジストの牧師でありながら、自分の教会のミサの後に必ず浄霊をしているんです。

また、学校長もしていますので、学校でも生徒に浄霊をしたり、浄霊センターへ連れて行って浄霊しているそうです。彼は牧師でありながら、「改宗なき浄霊」を通して「明主様のお道具」としてお役に立っているわけです。

大司教も浄霊を絶賛

フレディ牧師がある時、幼な友達のカソリックの司教の所へ、教会で作ったミニ生け花を持って行くと、「花が光で輝いている」と驚かれたそうです。「皆で愛を込めて、光を込めてつくっているからだ」と言って浄霊を取り次いだら、「気持がいい。素晴らしい」と言われたとのことです。

数週間後、司教が電話で、「バチカンの法王から呼び出しを受け、気が動転している。もう一回、お花を持って来て、祈ってもらえないか」と言ってきました。花を持って行って浄霊したところ、「落ち着いた。これで安心だ」ということで、バチカンに発ったのでした。

しばらくして、司教からフレディ牧師に連絡が入ってきました。なんと大司教に任命されたというんです。要するに、A国のカソリックのトップに抜擢されたんですね。それもA国人で初めての大司教です。

それでバチカンから帰ってくるなり空港で、大統領をはじめ何千人もの人達に迎えられ、テレビカメラの前で挨拶をしたというのです。その光景をテレビで見ていたジョルトン君は、大司教の後ろに立って、大司教に浄霊を取り次いでいるフレディ牧師を見つけてびっくりしてしまいました。

「明主様はすごいことをされる。プロテスタントの牧師をつかって、カソリックの大司教を浄霊させているんだから。これこそ超宗教的浄霊活動だ」と。後日、フレディ牧師にそのことを話すと、「なにしろA国のカソリックの最高責任者という立場に立つのだから、神様の光を必要としていると思った。だから自然に浄霊の手があがってしまった」とのことでした。

そして大司教は、「九月になったら、浄霊センターへ大司教として公式に訪問したい」と約束されたそうです。.さらに、部下の神父二人が、今度「おひかり」を拝受することになった、とのことです。

こうした事態にフレディ牧師は、「ジョルトン。ありがとう。私は明主様に会うまでは、本当の牧師ではなかった。イエスが私を明主様に会わせてくださったので、私は本当の牧師になれた」と、しみじみ述懐したそうです。

倒れた神父に四時間浄霊

ジョルトン君が、明主様の教えや浄霊を自信をもってお取り次ぎできたのは何故か。それは「自分は明主様のお道具だ」と心の底から信じきることができたからです。

その確信が得られたのは、こんな体験があったからです。

それは、A国にはバチカンが定めた国を守る守護神(女神)が居ます。二十七年前、A国の国境付近の首都から汽車で十二時間ほどかかる山の中で、汽車が土砂に完全に埋まってしまったんです。車中は真っ暗で、しかも酸素がドンドンなくなってくる。乗客が絶望感におそわれた時、その女神が真っ暗闇の中に光輝いて姿を現したんです。乗客全員が見たそうです。

そして、「あなたたちは心配しなくてもいい。今に全員助けられる。安心しておいでなさい」と言って消えたというんです。しばらくすると救助隊がかけつけ、皆無事救出され、今そこは「奇蹟の場所」としてあがめられ、以来毎年記念日の八月十五日には、ミサが行われるようになったのです。

そのミサの主催者の一人が、エクトルさんという脊椎ヘルニアに浄霊で御守護いただき入信した方で、事故の生存者の一人です。ジョルトン君は、彼に誘われて、研修生二人を連れて出かけて行ったのです。

彼の乗った列車には、そのミサのためにバチカンから派遣されたクラウジオ・ロドヴィックというカソリックの神父さんが、乗りあわせていました。随分太った方で固い座席で十二時間も座っていたので、エコノミー症候群のようになってしまい、到着した時には、手の指も足も動かず、首も回らず、全身が激しく痛み、担架で運ばれる状態でした。これでは五時間後に始まるミサができない。ニ千人以上も集まっている。中止はできない。

そこでエクトルさんが「ジョルトンさん。あなたが神父以外の唯一の聖職者だ。あなたがミサをやったらどうだ」と提案。ジョルトン君は、「ミサなんてやったことがない。ましてGパンとTシャツ姿だ。でも、その神父さんがミサが行えるようにしてあげることはできる」と言ったんです。「どうやって?」と聞かれたので、「もちろん、浄霊だよ」と言って、「神父さんにこう言いなさい」。そこで咄嵯に出た言葉が、「キリスト世界救世教の資格者で、素晴らしい光を取り次ぐ人がいる。ぜひそのお祈りを受けてください」と。神父さんが、「何でもいいから、頼む」と言うので、ジョルトン君と二人の研修生は、「これからお祈りをします。四時間後にちゃんと立ち上がり、五時からちゃんとミサができるようになる」と断言したんです。

もう自分の力ではないんです。手を合わせて「明主様、お願いします」とジョルトン君がまず一時間浄霊した。交代してもう一人の研修生が一時間。次の研修生がまた一時間。最後の仕上げにジョルトン君がもう一時間。計四時間ぶつ続けで浄霊をしたんです。実は、四時間目の浄霊を始めた時、ジョルトン君の心の中には"治らなかったらどうしょう"という思いがわき上がってきました。でも.「明主様お願いします」と気をとりなおして浄霊を続けると、ミサの始まる一時間前に、神父さんの指が動き出し、腕や首も動かせるようになったのです。ジョルトン君が、「私の手を握って立ちなさい」と言うと、神父さんがおそるおそる立ち上がりて「痛みもまったく消えた」と歓喜の声をあげたのです。キリスト教の信者さんたちも「奇蹟だ、奇蹟だ」と大歓声をあげていたそうです。

昼の時代へ大転換の今

神父さんの右腕でコーラスの指揮官の婦人が、一部始終を見ていて、神父さんにこう言ったんです。「私は大変なものを見ました。この青年が、神父さんの前で手を合わせた途端に天がパッと開けてサーッと光の柱が立った。そして、手をあげたらそこから光がサーッと出て、真っ黒だった神父さんの体に光が吸い込まれていく。次に手を合わせると、光の柱がパッと消えた。また次の人が手を合わせると、天がパッと開け、サーッと光が立ち、手から光が出ていく。それが四時間に四回繰り返されると、真っ黒だったあなたの体が、真っ白になって光り輝いていた。それからあなたは立ったのです」

神父さんはビックリして、「ジョルトンさん、ぜひミサを手伝ってほしい」。それで、電気も来ていない真っ暗闇の中で、ジョルトン君が、ライトを持って神父さんの手元を照らして聖書のページをめくり、背後から浄霊をしたお蔭で、ミサが無事行われたということです。

私が開拓布教を始めた頃、どこの国でもカソリックの神父であれプロテスタントの牧師であれ、ミサのたびに「世界救世教は邪教だ」とさんざん邪魔をされたものです。ところが今それが、大きく変わってきたんです。A国では、カソリックの大司教が浄霊を受け、神父さんが二人入信する。プロテスタントの牧師が「おひかり」をいただき教会で浄霊をする。スリランカでも三百五十人もの僧侶が、七十以上もの寺院で浄霊を取り次いでいる。欧米においても医師たちが、西洋医学の限界を感じ、浄霊の研究を始める。今や、そういう世の中です。私は、こうした現象に世界が加速度的に昼の時代へ移行しつつあることを感ぜずにはおれないのです。そしてその主役は浄霊なんです。文化、宗教、民族の壁を超えさせるものは浄霊なんです。それを明主様がお見せくださっているのです。

明主様は、昭和二十七年の関西御巡教の折に -- キリスト、釈迦、マホメットなどの聖人も人類救済のためにおおいに働かれる。一切を救うには、まず光。光で救われる。明主様の神格を信じきれれば、明主様の代理人として立派に力をふるい、仕事ができる -- そのようなことを述べておられます。

二十一世紀の今、確かに霊界は変わってきました。もし今、皆さんの中に、自分の浄霊に自信がないという方がいたら、その大転換を信じきっていただきたいと思います。古い自分を捨て去って、これからは明主様のお道具になりきらせていただくことが、大切だと思います。「明主様、お願いします!」と手を合わせた瞬間、天が。ハッと開け、誰でもが -- いいですか、ここが大事なところです。ジョルトン君だけではありません。誰でもが光の柱に包まれるのです。そして、かざした手から素晴らしい光が取り次がれていくのです。自分が浄霊をしているのではなく、明主様がされるのです。だから素晴らしい奇蹟がいただけるのです。皆さんも、そのことを信じて、勇気を出して浄霊の手をかざし、浄霊大行進に参画していただきたいと思います(拍手)。

(新生 No.215より)

神慈秀明会の人向けの解説

このご講話から、次のことがわかると思います。

どうやら我々秀明会は、世界救世教を邪神邪神と言って自己満足に浸っているうちに、布教においても教学においても、大きく水をあけられてしまっているようです。

画像:2001/7/29 ブラジルでの青年世界大会に二十九カ国、五万人がブラジルの聖地に集結した画像。布教で水をあけられている様子が分かる。

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