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経の霊統と緯の霊統

天国会と五六七会

これは、世界救世教の人はよく知っていて、神慈秀明会の人はまったく知らされていないことですが、世界救世教の信者には、経(たて)の霊統と緯(よこ)の霊統と呼ばれる人たちがいます。そして、神慈秀明会の前身である秀明教会は緯(よこ)の霊統に属します。

これは中島一斎師率いる天国会を経、渋井総斎師率いる五六七会(みろくかい)を緯とした明主様のご教示に由来するものです。秀明教会は五六七会に所属していたので緯(よこ)の系統と言えます。また、離脱の神意で敵役だった川合輝明氏は、中島一斎師の弟子であり、天国会系、経(たて)の系統であると言えます。

明主様の活動は、文部省の命令により8つの会に別れての活動をせざるを得ないことになり、五六七会と天国会は、その8つの分会に含まれるものです。この、天国会と五六七会は、同じ教祖を持ちながら別々の組織として活躍しておりました。五六七会の方はあまりの発展のため、一時は「日本五六七教」という別法人にまでなりました。緯系統の「日本五六七教」が出ていったため、残った日本観音教団は天国会中心の経系統ということになります。

明主様は天国会を経、五六七会を緯と見、これらはそれぞれトップの中島師の急逝、渋井師の急病をもって失敗の型を踏襲したと説明されました。そして、昭和25年の、日本観音教団と日本五六七教の合併による世界メシヤ教立教をもって経と緯が結ばれ、一つになるとご教示されました。

御教え

ちょっと話しておきますが、私がいつも言う通り、経と緯ですね。これが、やっぱりいろいろなことに現われているんで、これは私の本にも書いてある通り、大きく世界をみると、いままでの東洋文化と西洋文化ですね。東洋文化は経で、西洋文化は緯ですね。経は、霊的……精神的で、緯は物質的……現代の科学ですね。そういうような具合で、世界というものは、最初経の東洋文化で失敗し、それから今度は緯の西洋文化で失敗した。私が現代の文明というのは、そういうわけですね。

それで、経と緯の両方を結んだものが伊都能売です。経にあらず、緯にあらず、これは始終言っていることです。そうすると教団もそうなっている。最初天国会が経でいった。それで、天国会の中島さんがああなったわけで、結局失敗に終わった。その次の五六七会が緯の働きですから非常に発展した。ほとんど教団を背負って立つくらいに発展したが、これも結局渋井さんが病気になり、いろんな事件が起ったりして、失敗に終った。そうすると今度は伊都能売にならなければならない。ちょうど、その時期が来た。

渋井さんの病気もほとんど治って、試験的に、今度京都のほうに行ってやってみると、立派に働けることができるまでに、立派になった。そうすると、ずいぶんひところ信者をつくった。十何万かつくったですが、それが渋井さんの病気のためや、いろんなために堅まらないで、要するにまだ「なまこ」みたいな……堅いような軟らかいような……ふわふわですね。そういう信者がかなりいる。それで、渋井さんとしては、そういう信者をちゃんと生かしてやることが一番手っ取り早くて良いというようなわけで、そういう方針で、これから大いにやることになった。というのは、去年の事件以来、この教団の組織を改めて、今日までやったということは、こんなに緯になるというか、ただ拡がりっぱなしになっていたのをキュンと縮めて、いったん経で締めたんですね。今度は、経と緯を結ぱなければならない。それが今度渋井さんが、そうやろうという状態になったのがそれなんです。経と緯を結ぼうというんです。

今度は緯が活動されると、はじめて経、緯になる。以前は天国会と五六七会が対立していた。両方が一致しないで、一種の競争的であった。これも神様の御経綸なんです。競争させるというのは、大いに発展させる刺激になりますからね。あの当時急激に発展させるためにうまいやり方をされた。それだけでは本当のものではないから、結ぱなければならないということは、これからなんです。そこで、いまの経の堅実なやり方ですね。今度は緯の軟らかい水の当たりで拡がるのと両方になる。

その結果としては、天国会の系統の人のやり方は、つまり緯が足りなかった。それから五六七会のやり方は経が足りなかった。今度は両方が、そこで結合密着して伊都能売の働きになる。それがこれからです。やはり、神様の大きな経綸なんです。だから、人によっては、天国会のああいった堅苦しいやり方ではいけない。という人もあり、五六七会はただ拡げるいっぽうで、だらしがないということを、暗に私に注意めいたことを言ったことがありましたが、それはそれで良いということはないが、それをやらなければ、どうしても経綸がいかない。世界が、東洋文明が一時発展して、次に西洋文明が発展している。西洋文明の欄熟期になっている。それで、両方相一致した結びの文明……伊都能売の文明ができるんです。つまり、メシヤ教はその型をやるんですね。

大本教のお筆先にある「大本は世界の型であるから、この中を見ておれば、世界の事は何うなるか分るぞよ」ということは、私は良くみてましたから、よく分かる。大本教の最後の弾圧が昭和一〇年一二月八日で、それから六年目の十二月八日に、日本が太平洋戦争を始めた。ちょうど六年先の同月同日になる。ここに神様の経綸が非常にある。やっぱり、五六七になるわけですね。三が二つで五六七になりますから、やはり五六七の経綸です。

そういうようないろんなことがありますが、大本は、つまりメシヤ教の準備ですね。準備のために現われたんですね。それだからして、今度私のほう……メシヤ教がやることがやがて世界に写るわけです。これが大きな、神様の経綸というのは、そういう意味もあるんです。ですから、人間が、ああだこうだと、平気で批評なんか決してできるものではない。お筆先に「神界が分らないと思う人は分りたるのであるぞよ」とある。分かったというのは、分からない。分からないというのは、分かったという意味ですね。それからまた、お筆先にこうある「神の奥に神があり、その奥に奥のある仕組であるぞよ」というのがあるが、うまく言ってある。そういうわけで、神様の御経綸は深いんですからね。だんだん時日が経つに従って分かります。あれは、あれで良いんだ。あれが、この準備だとね。ただ上っ面を見て、ああだこうだと奮うのは、上っ面の……ただ上の上です。こういうことを話しているときりがないが、そういうわけですから、みなさんも、これからの教団の動きを見ていくと良く分かるはずです。

世界救世教は経と緯との対立の歴史

さて、経と緯が結ばれる形にならなくてはいけなかった世界救世教は、明主様の急逝により、私見ではありますが、決して結ばれたとは言い難かったと思います(なにがどう結ばれていなかったかはあまりにデリケートな問題であるため、詳しく言及することは出来ません)。やはり信者間、教会間の根底にあった対立色はぬぐいきれず、その対立意識の究極的な浄化作用が、かの「新生、再建運動」であったと思われるのです。すなわち前述の「経と緯の霊統」のみ教えは現代においても生き続けており、教団のあり方に影響を与え続けているのです。

経の霊統 緯の霊統
旧分会 天国会(中島一斎師) 五六七会(渋井総斎師)
現在 東方之光教団(再建) いづのめ教団(新生)
離脱教団 晴明教、世界メシヤ教会 神慈秀明会、天聖真美会、救世神教
タイプ 組織型、教条型、精神重視 自由主義的、発展的 物質重視
聖地 箱根 熱海
浄霊 急所の浄霊 祈りの浄霊

明主様は、救世教の動きが世界の動きの型になっていると仰いました。(大本教の動きが救世教に反映し、それが世界に反映するという考えを唱えている人もいます。)新生再建運動の結果、経の再建と緯の新生が和解統合され、救世教の過去の歴史では出来たことが無かった本当の意味での経と緯の結実が果たされました。

実は世界救世教では、三派の和解の直後、明主様が土地を購入されて以来初めて、京都府から京都平安郷に建築の許可が下りました。京都は古都保存法など、難しい法律のためにせっかく入手した平安郷に、昭和二十七年から全く手をつけることが出来ませんでした。この事を三代教主様は、「平安郷建設着手のためには、この度の和解が必要であったことを分からせて頂いた。そして、その和解をするためには、その前の紛争も必要であったのだ」と仰いました。このお言葉の意味はおそらく前述の五六七会と天国会からつながる経緯争いの経綸の終結を仰っているのでしょう。

そして、いよいよこれが世界に移写し、東洋文明と西洋文明の結合が行われていくのでしょう。また、世界救世教自体もいよいよ経緯結ぶ究極体となり、世界へ向けての本当の働きが始まるのであろうと期待できます。

現在では、東方之光教団といづのめ教団とでは、和解は行われていますが、統合は行われているとは言えません。東方之光教団の人が祈りの浄霊をすることはないし、いづのめ教団の人が、急所の浄霊に基づく浄院の診察を受けるということもありません。

神慈秀明会と経緯の特性

前述の通り、秀明教会は組織的には緯の霊統であり、川合輝明氏は経の霊統でありました。世界救世教が経と緯、相争う経綸であったわけですから、離脱もその延長上にあったものなのだろうと思います。世界救世教が邪神に見え、邪気を感じたというのも、緯の霊統と経の霊統との間特有の霊的な「敵意」「敵気」であると言う人もいます。そして、この度の和解で経と緯との争いの経綸は終わったわけですから、神慈秀明会の世界救世教への考え方も新しい時代に沿ったものに変わる必要があるということになります。

ところで神慈秀明会というのは、緯の霊統と言いつつも、経と緯が結びついた形を目指した教団でありました。信者は神事の重要性をよく理解しており、み教えのエッセンスは末端信者にもよく行き渡っており、おひかりやみ教えのお取り扱いなどとても厳重に行い、非常に信仰熱心で優秀でした。そして、信者は布教伝導の意欲が高く、教団は大発展をしました。すなわち一見、経と緯の性質を両方兼ね備えているのです。現在の世界救世教の人も、秀明教会は立派だった、会主様は素晴らしかったと証言する方が多くいらっしゃいます。会主様は、おそらくこの経緯の経綸のみ教えをよくご存じで、秀明教会はこの理想型を目指しておられたのであろうと思います。

しかし実際には、縦緯を結んだ理想的教会を実現する方法として、会主様は秀明教会時代から、み教えをけずり、他教会に余り触れないように指導して情報を制限し、「世界を狭く見せる」手法をとられました。その狭い世界の中でのみの完成体であったのです。すなわち小乗的、カルト宗教的であり、見かけだけを理想的教団に似せたのでした。経と緯は結ばれているが、伊都能売ではないという言い方も出来ます(経とみるべき所は必ず経とみる。緯とみるべき所は必ず緯とみる。経緯共に有るが臨機応変は許されないので伊都能売ではない)。また、経緯が持つ陰の部分も両方持ち合わせていました。(経の陰とは精神重視に偏り、自分が正、他を邪であると決めつけ、教条的となり他の思想と相容れなくなること。緯の陰とは物質重視に偏り信者の生活を脅かすこと。)

会主様ご自身も、時期が来ればこの小乗的枠組みを取り払い、大乗的に方針を変更しようとしておられたのかもしれません。しかしご自身のご高齢のためや、それをゆだねたキーパーソン(東郷先生)の急逝、会主様のお心が分からない古参幹部連中の反対などでとうとううまくいかなかったようです。

うまく行かなかった例:Johrei Fellowship を初めとする複数の浄霊関係団体の協賛で、浄霊を科学する非営利団体 Johrei Instituteが発足しました。会主様も幹部会でそこへの協賛を希望したにもかかわらず、古参幹部の反対により実現しなかった、ということがありました。)

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