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欲張ったヨクのない人


   今ここに書く、ヨクない人間というのは、善くない人間の事ではない。 欲ない人間の事である。というと、ちょっと変に思うであろうが、以下の 説明によって誰しもなるほどと思うであろう。

   つくづく今日の社会をみると、欲張りの人間は山ほどあるが、実をいう とそれらは悉く欲のない人間ばかりである。欲張りでヨクのない人間とは 変だが、実は一時的に儲けようとするだけで、その先は損をする事に気が 付かないのである。というのは最初嘘で固めたうまい事を言うが、嘘は必 ずばれるから、そこで信用は零となる。但し嘘も巧妙につくほどばれるの がおそくなるから、その時は俺はうまい事をしたと思うのであるが、嘘は いつかばれずに済むはずはない。ところが彼らは永久にばれないように錯 覚してしまうので、性懲りもなく一生懸命人を騙そうとする。勿論世の中 には神様などあるものかと彼らは信じない。即ち唯物思想で固まっている からで始末が悪い。ところが、ばれるが最後信用は一遍に吹っ飛んでしま うから、それでお終いになってしまう。というわけで大変な損になる。そ れがため、もはやこちらでは相手にしない事になる。そういう時つくづく思 う事は、彼らが最初から真っ正直で誠実にやったら、今頃は信用がついて実 に大きな利益となるのは必定で、僅かの間うまい事をしただけで、それで お終いとは、何と欲のない奴かと惜しむのである。従って、この手合こそ、 実に欲のない人間という事になるのである。

   今日、事業の不振や金詰りに困っている人のおおかたは、右のようなヨ クない人が多いのである。とにかく人間は信用第一である。信用ほど大き な財産はない。信用財産からは何程でも利子が生まれるので、金詰りの世 の中でも、こういう財産家は決して困るような事はないのである。という わけで、どうしても見えざる神の存在を信ずる人間にならなくては何をや っても駄目である。それには信仰者になるより外ないのである。故に信仰 者は無限の宝の持主で、これが真の幸福者であると共に、最も欲の深い人 である。

昭和25年(1950年)2月11日
「救世」49号     『岡田茂吉全集』著述篇第八巻 p.351
『聖教書』 p.350


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