産制の愚

私は産制問題に就いて、この欄に三回出したが、未だ言い足りない点があるから、それを書いてみよう。

現在、日本は人口に対する食糧が足りないから、産制を奨励するというのだから、よく考えると、実に短見的である。よしんば、今赤児が生まれるとする。それが一人前になるには二十年を要するが、社会も世界も、今日の如き、目紛しい程の世相である以上、二十年先はどんな世界になるか、見当はつくまい。否、五年先でさえ、夢にも思わない程の大きな変化が来るか分らない。従って、今産制によって人口減少の方針を立てるとするも、数年先は人口増加の心配は要らない事になるかも分らないであろう。と言って、以前の如き侵略によって領土を拡げるなどという間違った事は夢にも思われない。従って、実際上平和的に人口問題解決の時代が来ないとは、誰が言い得るであろう。

例えば、今日米国の識者が唱える如き世界国家が実現するとしたら、人口稠密の国家から、人口稀薄な土地へ移民を送るという、人口平均化方策が成立つかも分らない。否、この方策が実現すべき可能性は充分ある。何となれば、平和を破る原因としては、人口不平均の理由が多分にあるからである。とすれば、産制論者はそれ等の点も大いに考慮に入れなければならないであろう。そうして私の考えでは、世界国家は案外早く実現するかも知れないと思う。その訳は、現在世界の脅威である米ソ問題が、和戦何れにせよ解決する暁は、次に来たるものは当然永遠なる平和時代の具現化で、ここに世界国家の誕生となるであろう。

(昭和二十四年八月二十日)

算盤を無視するな

私は、日本の政治家に最も欠けているものは経済知識であろうと思う。経済知識と言っても、煎じ詰めれば算盤である。処がひとり政治のみではない、人間万事算盤を忘れては何事も成功は不可能である。と言って金銭に関係した事だけが算盤ではない。如何なる問題でも利害得失を明確に知り得るには、打算を外れては駄目である。

今日民主主義政治の理論は、より多数の民意を反映する事は分り切った話であるが、それは投票の数によるので、この数を獲得する目安は算盤による外はない。算盤を無視する処に発展も成功もあり得ない。

最も良い例は、今次の大戦である。この敗戦の原因は種々あるであろうが、その中の最大原因としては算盤を無視した事にある。それは算盤上からみれば、最初から戦争をしない事であるが、しかし過って一旦戦火を交えたとしたら、出来るだけ早い内に戦争をやめるべきであった。その機を逸し、戦争を継続すればする程、益々算盤に合わない事になるのは、当時を振返ってみればあまりにも明らかである。

算盤はひとり今の時勢ばかりではない、昔と雖も聊かも変らない。彼の頼朝が天下に覇を称するに至ったのは、金掘吉次という有名な金鉱発見に妙を得た男があって、それを起用し、黄金を集めた事が有力な原因である。秀吉も同様で、彼が佐渡の金山から採集した金は、莫大なものがあった。彼が聚楽第を建設し、当時の諸大名を招宴した際、土産として門から玄関迄の相当長い道の両側へ金銀の小石を播き詰め、それを持てるだけ自由に持帰らせたという有名な話は、如何に金銀を保有していたかが判るのである。又家康にしてもそうである。彼が徳川三百年の政権を維持し得たという事も、佐渡の金山の為である。しかも全国的に探鉱せしめんと、探鉱の名人大久保伊賀守を起用し、伊豆大仁の金山を発見させた事も有名な話である。処が佐渡の方は年を経るに従い鉱脈衰え、幕末頃に至っては採集高著減した為、経済的破綻の危機を生じ、旗本御家人の末端にまで扶持の支給が跡絶え勝ちとなり、生活難に陥らしめた結果が、幕府倒壊の因となった事は争えない事実である。

私は宗教家であるから、経済には無頓着であるように誰しも思うであろうが、なかなかそうではない。算盤をとる事は決して人後に落ちないつもりである。というのは、以前実業家であった為もあろうが、実を言えば昔の宗教家のように、粗衣粗食茅屋に住んでいたのでは、現代人を救う事は出来ない。時代が違っている。土地も建造物も、相応しなくてはならない。又地上天国の模型を造るにも莫大な額を要する。という訳で、資金力が教線発展の基本となる事も勿論である。この例として、今日の宗教界で最も認められている宗教は天理教を第一としなければなるまい。同教の強味は、昔から資金獲得に最も重点を置いている事で、これは知らぬ者はあるまい。

以上種々の例によってみても、大は国家の政治から小は個人の事業に至るまで、算盤を疎かにしては、決してうまくゆく筈はないのである。これに就いて思い出されるのは、彼の米国である。同国の有力な政治家は殆んど実業界出身が占めている。大統領トルーマン氏にしても、二十年以前は小間物雑貨商人であった事は有名な話である。又有力軍人でさえ実業家出身が相当あるという事であるから、米国の今日あるは、全く指導階級が算盤に堪能なる実業家出身である事が最大原因であろう。

右に引替え、日本の指導者を一瞥してみれば、その殆んどは大学を出るや直に役人となり、役人生活を長く続け、鰻上りに地位を得た者が大部分であるから、社会の内面など御存じないばかりか、算盤などは全然関心を持たない、全く坊ちゃんか殿様である。何よりの証拠は、官営事業をみればよく分る。国鉄にしろ、民間の電鉄会社が今日五朱くらいの配当を続けているに拘わらず、毎年国鉄が数百億の赤字を出しているという事や、煙草専売にしろ、まずい煙草を驚くべき暴利で売りつけているという事等である。全く俗に言う士族の商法以外の何物でもないと言ってよかろう。故にこの点に鑑み、今後の政治家としては、大いに実業家出身を歓迎すべきで、再建日本の主要条件としては、この方針以外にないという事を警告したいのである。

(昭和二十四年九月十日)

貧乏の原因

本教のモットーである。病貧争絶無の世界を造るというに就いては、病気に関する事は、凡ゆる角度から相当検討し、解説したつもりであり、尚今後も引続き、神示の医学として解明する筈であるから、次の問題である貧と争について書いてみよう。

抑々、貧の原因は勿論健康の破綻からである事は言う迄もないが、それ以外の原因にも重要なものがあるから、それを書いてみよう。

貧の原因が、病気の為働けないばかりか、多額の医療費を要する事、それも短期間ならいいが、長期に渉るとすれば、勤務先は馘になり、病気の悩みの外生活苦も加わり、二重の責苦に遭い、前途不安の暗雲に閉され、進退谷まり、その苦悩たるや実に地獄のドン底とも言えるのである。かような境遇にある不幸な人々は世間到る所に充ち満ちているのである。そういう多くの不幸者が、本教を知ってたちまち地獄から脱出し、前途に光明を認め、歓喜の生活が開始されるという実例は、おかげばなし中に、無数にみられるのである。

これだけで、貧の大半は解決出来るのであるが、尚進んで今一つの重要事を書き、絶対的貧の解決の秘訣を知らしめるべく、私の体験を書いてみよう。私は若い頃無信仰でありながら、社会改善の志望やみ難く、それには新聞事業程効果なるものないと思い、調査した処、当時百万円位を要するとのことであった。私は貧乏人の伜で、親から貰った僅かばかりの金で世帯を持ち、九尺間口の小間物小売業を始めた処、大分成績がよいので、一年余りで問屋を始め、十年位で業界から成功者と言われるようになり、資産も、当時(大正八年頃)の金で十五万円程を贏ち得た。そこで新聞事業の資金を早く獲得しようと大いに焦って、手を拡げすぎたため遂に大失敗をし、逆にマイナスになってしまった。その結果、最早新聞事業処ではないと諦め、苦しい時の神頼みで宗教に趨り、波瀾重畳の経路を辿りつつ多額の借金に苦しめられる事約二十年程であった。しかし今考えてみれば、これが私の難行苦行であったのだ。世の常の宗教家と言えば、山に入り滝を浴び、断食をするというようなわけだが、私はそれよりも一層の難行であり、苦行であると思った。勿論貧乏のドン底に喘いだ事も一再ではなかった。その時覚り得た貧乏哲学をこれから書くのである。

凡そ貧乏の原因は、病気以外は借金である。人間、借金をしなければ決して貧乏にはならないという結論を得た。というのは、借金をすれば返済の期日は必ず来るとすれば、払う金は確定的だ。処が入る金は、決った日が来ても大抵は延びるものだ。そこで食違う。又借金が皆済するまでは一日の休みもなく利子がつく。故に算盤では儲かるようにみえても、利子を差引くと、案外儲からないことになる。又借金は絶えず精神的に脅かされ、心に安心がないから良い考えが浮かばない、智慧が鈍るというわけである。

以上の如くであるから、世間多くの失敗者や、貧乏に落ちる人の殆んどは、借金が原因と言ってもいい。この意味を覚った私は、常に人に向って言うことは『十万円の資本があるとすれば、先ず三分の一、三万円で商売をしろ』と言うのである。このような行き方は、最初は小さいようではあるが、実は時が経つと案外大きくなるものである。というのは、三万円なら少々失敗があっても、この次は失敗の経験で知識を得ているから、別の方法で、又三万円で始める。これで大抵は成功の緒につくものである。万一それでも失敗したら、最後の三万円でやれば、今後は必ず成功するのである。処が世の中で、大抵の人は十万円の資金を持つと資金一杯で始めるか、中には反って五万円の借金を足して十五万円で始めるというわけで、実に冒険である。故に失敗したら最後、再び起つ能わざる致命傷を蒙るのは当然である。処が私の言うやり方だと資金に余裕があるから、非常に安いものとか、確実な金儲けがあれば、すぐに乗出す事が出来るから、案外ボロイ利益を得る。それに引替え、資金が手一杯だと、支払にまごつくような事もあり、延ばすような事もあり得るから、信用が低下する。処が余裕があると、いつも支払は確実だから信用が厚い。というわけで、種々な利益がある。この事に就いて私は大きい例を書いてみよう。

日本が今日の如き敗戦国となった、その最大の原因は借金政策である。これに気のつく人は余りないようであるが、これは大いに関心を持たなければならない。今次の大戦前までは、日本の貿易は年々輸入超過であって、借金は年々殖えるばかりで、遂には借金のための借金をするようになってしまった。その借金でどんどん軍備を拡張し、領土を拡げ、益々侵略の手を伸ばしたのである。勿論国外の借金ばかりではなく、国内の借金、即ち公債政策も極度に拡張した。今赤字で困っている国鉄もその遺物であったというわけで、もしも日本がこの借金政策を行わないとしたら、侵略の野心家も或いは出なかったかも知れない。そればかりではない、年々貿易は出超となり、富裕な国になったに違いない。その結果、平和的文化は大いに発展し、国民の道義は昂揚し、世界で羨まれるような幸福な国家となったであろう事は勿論である。このような富裕国とすれば、食糧の不足は必要だけ楽に輸入されると共に、日本人の平和的である事の安心感を各国に与える結果、広茫の土地の所有国は挙って日本移民を歓迎するであろうから、産児制限の必要などはあり得べくもないということになろう。

国家でさえ、借金政略の結末は以上の如くであるとすれば、個人と雖も何等変る処はないのである。貧の解決法は以上によって理解され得るであろう。

(昭和二十四年六月三十日)

借金談義

私は長い間借金で苦しんだ事はいつもいう通りであるが、借金位嫌なものはない。これは大抵な人は経験するであろうが、一度借金をすると中々返せないものである。借金をする時は出来るだけ早く返そうと思うが、さて返せるだけの金が出来ても中々返せるものではないのが人情である。それで今少し延ばしてその金を働かせ、もっと儲けてから返しても遅くはないと、都合のいい理屈をつけたがる。幸い思い切って一旦返すとすると、先方は信用が加わるからまた貸してもいいような顔をする。そこでこちらも前より高を殖して借りる事になる。

そうして、金というものは、入る方は予定と食違い、出る方は予定通りだから、期日には返せないものである。という訳で、一度コビリついた借金は容易に綺麗にはならない。遂には借金のある事が癖のようになってしまう。世間には借金がないと気持が悪いという人さえある。故に一度借金して、それが抜け切ってしまうという人は、恐らく十人に一人もあるまい。

今日、世間の忌わしい問題は金の貸し借りが一番多いであろう。殆んど民事の裁判は悉くと言いたい程貸借関係が原因であるそうである。従って、この世の中から紛争を除く第一条件としては、出来るだけ貸借をしないようにする事である。但しやむを得ず借りたい場合は、一日も早く返す事で、これをみんなが守るとしたら、如何に明朗な社会となり、お互いの不愉快が減るかは贅言を要しまい。今一つ言いたい事は、借金は人間の寿命を縮めるという事である。故大倉喜八郎氏はその事を言ってよく戒めたそうであるが、これは全く間違いない言と思う。という事は、借金位人間の心を暗くするものはないからである。私の経験から言っても、借金無しになってからの心は、長い牢獄から出たような気持になったのである。

(昭和二十五年二月二十五日)

借金是か非か

私は二十数年間、借金の為凡ゆる苦しみを嘗めて来た。差押数回、破産一回受けたるにみても想像されるであろう。それ等の経験によって帰納されたものが、今言わんとする借金哲学である。

今借金をしようとする人を解剖してみるが、単に借金と言っても積極と消極とがある。積極とは、これから或る事業を始めるに際し、これだけの借金でやればこれだけ儲かる、即ち利潤から利子を差引いても相当に残るという計算でやるので、これは誰も知っている。処が消極の方は、入金よりも出金の方が多いのでどうしても足りない。やむを得ず借りるというのが普通ではあるが、愈々詰ってくると、先の事など考える余裕がない。目前焦眉の急を逃るればいいと差迫った揚句、利子の高い安いなど問題にせず、借りられればいいというようになる。今日新聞によく出ている、高利貸の高歩の記事などがそれである。こうなると十中の八、九は崖から落ちる寸前とも言っていい。全く断末魔である。

以上が借金を大雑把に分けてみたのであるが、今度は、借金なしの場合を考えてみよう。借金なしと言えば、先ず自分が現在持っている資金で事業を始める。従って、洵に小規模であるのは致し方がない。例えばここに十万円の資金があるとする。それを先ず半分乃至三分の一位で始め、後の金は残しておくのだから、理屈から言えば頗るまだるっこい。然もその十万円の金も無論人の世話にはならない、己れの腕一本で稼いで蓄積したものでなくてはならない。全く身についた金であるから、力が入っている。そうして出来るだけ小さく始めるのである。この例として私は、信仰療法を始めたのは昭和九年五月、麹町平河町へ家賃七十七円、五間の家を借りた。少し上等過ぎると思ったが、至極条件が良いので思い切って借りたのである。この頃は古い借金が未だ相当あったが、自分が借金によって覚った哲学を、実行しようと思ったからである。

というのは、その根本を大自然からヒントを得たのである。それは人間を見ればよく分る。オギャーと生まれた赤ン坊が、年月を経るに従い段々大きくなり、力も智慧も一人前となる。又植物にしてもそうである。最初小さな種を播くや、芽が出、双葉が出来、真葉が出、幹が伸び、枝が張り、遂に天を摩す巨木になるのであって、これが真理である。とすれば、人間もこれに傚わなくてはならない。従って、この理を忠実に実行すれば必ず大成すると覚ると共に、何事も出来るだけ小さく始める事を決心したのである。

処が世人多くは、最初から大きく花々しくやろうとする。そういう人をよく見ると、その殆んどは失敗に帰してしまう。そういう例は余りにも多く見るのである。世間大抵の事業はそうで、最初は大規模に出発し、失敗してから整理し、縮小し、止むを得ず小さく再出発して、それから成功するという例はよく見るのである。

処で世の中は、決して理屈通り、算盤通りにゆくものではない。何故ゆかないかというと、いろいろ理由があるが、その一番大きな点は、精神的影響である。即ち返済期はキチンキチンと来るから、その心配がいつも頭にコビリついている。勿論現実は決して予算通りにはゆかない。その煩悶が始終頭脳を占領しているから、良い考えが浮かばない。これが最も不利な点である。又いつも懐が淋しいから、活気が出ない。表面だけ飾っても内容は物心共に甚だ貧困であるから、万事消極的で伸びる積極性がない。というわけで、ついも不愉快でいる。商人などは安い売物があってもすぐ買えないから、儲け損なう。又大抵は返金が延びる事になるから、信用が薄くなる。利子も中々馬鹿にならないもので、長くなると利に利がつく。そうなると、焦りが出る、無理をする。何事にも焦りと無理が出たら、もうお仕舞だ。私はいつもこの焦りと無理を戒めるが、大抵の人は案外これに気がつかない。焦りと無理は一時は成功しても、決して長く続くものではない。その例として二、三書いてみるが--

彼の信長も秀吉も焦りと無理で失敗者となった。そこへゆくと徳川幕府が三百年の長きを保ったのは、家康の方針が、最初天下をとる時から焦りと無理がなかった。彼は有名な“負けるが勝”の戦法に出たので、少し無理だと思うと一旦陣をひいて時を待ち、自然に自分に有利になる時を待っていた。自然に天下が転がりくるようにした。それがよかったのだ。

彼の訓言に「人の一生は重き荷を背負うて遠き道を行くが如し、急ぐべからず」とは彼の性格をよく現わしている。今回の日本の敗戦も種々の原因はあるが、この焦りと無理が災いした事に間違いはない。それは最初の出発が非であるからである。そこへ気がつかず、焦りと無理を通そうとしたのが原因であろう。

一番いけないのは、苦しまぎれに借金の為の借金をする事である。敗戦の末期頃はそれであって、紙幣の濫発をしたのもそのためで、インフレもそれが大きな原因となったのである。

彼の英国労働党内閣が成立間もなく、三十七億ドルを米国から借金したが、私は、これは将来経済的苦境の原因とならなければよいがと思ったが、果せる哉、その後借金に借金を重ねなければならないことになった。今度のポンドの切下もその現われである。大英帝国華やかなりし頃は、植民地その他からの収入年三億ポンドというのであったから、実に今昔の感に堪えないものがある。それ迄英国の健全財政は同国の誇りでもあったが、二回に渉る戦争によって今日のようになったのも、又やむを得ない運命とも言えるのである。

以上によってみても、借金は非とすべきもの、何事も小さく始めるという真理を書いたが、これを座右の銘とされたいのである。尤も、短期で返済可能の確信ある場合に限り、例外としての借金は止むを得ないのである。

以上が、私の提唱する借金哲学である。

(昭和二十四年十一月十二日)

悪銭身に附かず

昔から“悪銭身に附かず”という言葉があるが、全くその通りである。それに就いて私は霊的に解釈してみよう。

投機といえば、株式相場を始め、商品の上り下り、競馬の賭等々種々あるが、その中の代表的のものとして、株式相場に就いて解釈してみるが、私も無信仰者時代には株相場に手を出し、数年間売ったり買ったりしたが、遂に大失敗をした。それが信仰生活に入る一つの動機となった事も勿論である。と共に、霊的方面を知るに及んで、決して為すべきものではないという事を知ったのであるから、この一文を相場に関心を持つ人に対し、是非読まれん事を望むのである。

相場なるものは、先ず百人損をして一人儲かるという事をよく言われるが、その通りである。一時は一攫千金の儲けによって成金となっても、それが長く続く者は先ず一人もあるまい。然も大儲けをする者程大損をするものであって、儲かれば儲かる程その人の前途は断崖が口を開けて待っているようなものである。先ず霊的にみればこうである。損を蒙った大多数者は、“口惜しい、残念だ、どうかして損を取返したい”と思うのは人情である。従ってその怨みの想念がどこへ行くかというと、自分の金を吸いとった人間に行こうとするが、それは何処の誰だか判らないので、自然取引所を目がけて集注するばかりか、それが紙幣に集まるという事になるのである。この際霊眼によって見れば取引所にある紙幣の面には怨みの人間の顔が何千何万となく印画されており、その一つ一つの顔と、その本人とは霊線で繋っているから、取返そうとする想念がそれを常に引張っているという訳で、その紙幣は所有主の金庫には決して永く安定してはいない。何時かは引張られるから大損をし、一文なしになってしまうのである。

右は投機ばかりではない、金銭上の凡ゆる事に共通するのである。言わば不正によって得た富や、与えるべき金銭を与えなかったり、故意に減らしたり借金を返さなかったりする場合、先方は怨むからやはり前述の如く吐き出さざるを得ない事になるのである。

今一つ知らなければならない事は、昔から宗教上の建物が、火災の為よく灰燼に帰する事がある。浄財を集めて建築された清き社寺や殿堂、伽藍等が焼失するという事は不可解に思われるが、実は理由がある。というのは、その基金を集める場合無理をする。例えば信徒又は末寺に対し、一定の額を定め強要する事があるが、これは自然ではない。信仰的献金としては本人の自由意志によって任意の額を決めるのが本当である。気持よく献納する事こそ真の浄財になるのである。今一つはその建造物を利用する上に於ても、神仏の御心に叶うようにすべきで、間違った事をしたり、汚したりするような事があってはならないに拘わらず、そうでない場合、火の洗礼を受ける事になるのである。

但し、相場をとる目的でなく、金利即ち配当をとる目的で買うのは結構であって、これは何等怨みを買うような事にはならないのみならず、寧ろ産業発展のため有要な事であって、大いに奨励すべきものである。

(昭和二十四年六月二十五日)

早期教育の弊

今日の人間は、智慧が発達して頭脳がわるくなったというと、変な言い方だが、実はこうである。浅智慧の上っ面の、小才のきく人間が多くなって、智慧の深い、ドッシリした人間が少なくなったという意味である。これは何の為かという事であるが、これに就いて私の考察によれば、全く早期教育の結果である。

早期教育が何故悪いかというと、頭が或る程度発達しない時期に、学問を詰め込む、つまり学問と発育のズレである。本当からいえば人間は年齢に応じて、頭脳も身体も適度に用いなければならないに拘わらず、早期教育とは、七、八つの児童に十五、六歳の頭脳労働をさせるようなもので、全く学問過重である。

然らば右の結果はどうなるかというと、これについて一つの例を書いてみよう。私は小学校時代に柔道を習おうとした処、十五歳以下は習ってはいけないという。それは何故かときくと、十五歳以下で柔道をやると、背丈が止って伸びないというのである。勿論労働過重による発育停止のためで、それと同じように今日の教育を見ると、十二、三歳で成人者のやるような事をやらせる事をよいとしている。成程一時は急速に智能が発達するから、良教育のようにみえるが、実は前述の如く深さの教育がなく、上っ面の智慧ばかり発達した思慮の浅い人間が作られるという訳である。

事実、日本に於ても近代政治家などは、重厚な型の大きい人間が段々少なくなった。以前のような型の大きい重厚な人物は、洵に寥々たる有様であるにみて、教育に携わる者の大いに考えなくてはならない問題である。

(昭和二十四年七月二日)

子供の不良化

近来、子供の不良化が社会問題として取上げられているが、これに対し適切な回答は与えられていないようである。今日見らるる種々の不良化防止論は甚だ末梢的で、一つも問題の核心に触れていないのは遺憾である。これに就いて、我等が信ずる絶対的防止法を書いてみよう。

何よりも先ずその根本が何処にありやをはっきりさせる事で、それには子供と親の関係を考えるべきで、これを最も判り易く言えば、親が木の幹であるとすれば、子はその枝である。故に幹の方を閑却しておいて、枝が腐朽するのを止めようと骨を折るのだから、ナンセンス以外の何物でもない。子供の不良化の原因が親にある事を充分知る事こそ、問題解決の根本条件である。

我等は先ず霊的方面から解剖してみよう。いつも言う通り、親と子は霊線によって繋がれている。故に親の霊が曇っていれば霊線を通じて子の霊も曇る。これが子供の不良化の原因である。この理によって子の霊を曇らせないようにするのが不良化防止の方法であるから、何よりも親の霊を曇らせないようにする事である。処がその理を知らないから親は間違った考えを抱き、意識するとせざるとに拘わらず罪を犯すので、それが曇りとなり子に写すので、どうしても親たる者は常に善を想い、正を行い、自己品性の陶冶に充分心掛くべきであって、それ以外決して効果ある方法はないのである。

右は霊的解釈であるが、今度は体的説明をしてみよう。それは子供は親に見習い、親の真似をしたがるもので、これは誰も知っている処である以上、親が不正を思い、不善な行為をする以上、いくら巧妙に隠しても一家庭内に在る以上、何時かは子供に知れるに決っている。子供は“親でさえあんな事をしているんだから、俺達がやってもいいんじゃないか”という考えが起るのは当然である。という訳で、煎じ詰めれば、子供の不良化とは親の不良化であるといっても間違いはあるまい。故に、子の不良化とは親の不良化の暴露でしかない訳になろう。

世間の親たる人々よ、右の説をよくよく玩味し、良い子を願うとしたら、御自分が先ず良い親となる事である。

(昭和二十五年四月二十二日)

天才児童はどうして出来るか

先頃新聞を賑わした、六歳で素晴しい絵を描くという児童があったが、こういう豆児童はどうして生まれるかを書いてみるが、天才児童は昔からも時々現われるもので、西洋においても、有名な音楽家等が六、七歳頃からピアノやヴァイオリンをよく弾いたり、十歳を越してから大作曲を現わすというような話もよく聞くのである。彼のシューベルトなども十何歳から三十一歳の死ぬまでの間に五百種以上の作曲をしたというのであるから、驚くべき天才であったに違いない。かような大天才の生まれるのは、何か特別の原因がなくてはならない筈で、それを書いてみよう。

これは勿論霊的であって、唯物科学では全然見当がつかないから致し方ないとしても、この原因を知ることも必要事であろう。その意味で我等は霊科学から解説するのである。この原因に就いては、例えば音楽大家の霊の再生と、憑依とのこの二つと思えばいい。

今ここに大音楽家があるとする。死後霊界に往っても好きな音楽は忘れることが出来ない。その強い執着のため早く再生する。これがその一つで、別な一つとしては、再生するまで待ちきれないため、自分の系統の者を探し求めて、その児童に憑るので、手指の動くのを待って六、七歳頃になれば憑るのである。何しろ大音楽家であるから驚くべき技能を発揮するわけである。ところが、この場合縁のない者へは憑ることが出来ないから、自分の霊統の者、特に児童に憑る。それは成人者より幼児ほど憑依し易いからで、また思い通り自由に駆使されるからでもある。考えてもみるがいい、六つや七つの子供が、普通であったら成人者のような技能は有る筈がないが、以上のようなわけを知れば、天才児童も神童も出来るのも、敢えて不思議はないのである。しかし天才児童の悉くが大成するとは限らない。中には或る年齢までで、その後は普通になる者も往々あるが、これ等は再生ではなく憑依霊の場合に限るのである。ということは、再生の方はその霊自体が人間であるから変りようがないが、憑依霊の方は神の使命や祖霊の思惑のため、或る時期まで許されたものであるからである。

(昭和二十五年三月十一日)