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教祖明主様は神界から、至誠の人であり最高の信仰者であるみ弟子会主様を選びたもうた。

法の華 散りて結びし一つ実は 聖観音の身魂なるらむ

[法の華]この章には、「法(のり)の華 散りて結びし一つ実は 聖観音の身魂なるらむ」という明主様の御真筆のお詠の書を、会主様が昭和23年に、山積みの中からくじ引きのように無造作に頂かれたことに関して、これは仏教の散華結実を詠んだものだが、実は離脱を暗示したものだったという解釈が書かれています。

つまり救世教の信仰がみんなだめになってしまうが、その中で唯一本物が残っている。それが秀明教会であるという裏の意味があり、それが明主様の神示であったということです。この「法の華」のお詠の話が、離脱の神意が正当であると証明?する最重要項目となっています。

みなさんはこの話を当然、カレッジや特修などで聞かれていると思いますが、そういった話の中で、「法の華」のお詠をどのようなものとしてとらえておられますか?

おそらくは、「会主様が拝受した直前に詠まれた明主様の新作」「お詠はひとり一種類ずつでダブりは無い。法の華を拝受されたのは会主様だけである。」という風に思っているのではないかと思います。私もそう思っていました。それほどの価値がある物だからこそ、「秀明教会が、あらゆる教会の中で唯一選ばれた最高の教会である」という証拠になったのだろうと思うからです。

しかし、調べてみると「法の華」のお詠は、会主様が拝受された昭和23年ではなく、昭和10年代、大日本観音会の時代に詠まれたものなのです。

他にも、昭和10年代に詠まれた、御明集でおなじみの御詠は多数あります。例を挙げますと、

うない児も 鬼をも拉ぐ猛き男も 慈悲の御目に慕ひ寄るかも

行きくれて 道に迷える子羊を 救わせ玉う観音の御手

「奇びなり ああ奇びなり願言の正しかりせば叶えますなり

などといったものがあります。ところで、上記は一部、御明集の記述と異なっていますよね。実はこれが、昭和10年ごろ当時のオリジナルだそうです。これらの御讃歌は、昭和11年ごろの観音会御讃歌集に掲載されているお歌で、その本には366首ものお歌が収録されていますが、その中にある物です。私たちが知っているものは、昭和23年に発行された御讃歌集において修正が行われたものです。この他にも、大日本観音会時代のお詠には御明集でおなじみのものがたくさんあります。

つまり「法の華」のお詠というのは明主様信仰の歴史において初期からあるものであり、決して昭和23年当時の書き下ろしなどではありませんでした。そして、「法の華」のお詠を拝受された信者さんが、他にも数人いらっしゃったことが、当時を知る方の証言からわかっています。

そもそも、神慈秀明会に残っている、明主様の書かれたお文字や絵画があまりにも少ないため、神慈秀明会の信者は、明主様の書かれた絵や書はとても少ない希少品だと思っていますが、実は明主様の書かれたお文字や絵は、おひかりを含めると100万体もあると言われています(明主様ご生誕120年記念御書集「光之宝珠」の記述より)。

明主様は、御在世中に100万体もの膨大な数の絵や書を書かれ、これらの御書のほとんどを信徒に与えられました。これらの書画が、光を放ち、文字通りの働きをし、人や地域を救うので、出来るだけ多くの人に拝受させたいとお考えになられ、可能な限りたくさんの書画を書かれたのです。それが100万体にも達したということです。

ということは、明主様のお文字を信者が頂く「拝受」という行動は、御在世当時、100万体分も、積極的に行われていたということになるのです。つまり「法の華」の御書を会主様が拝受したという事柄は、100万体という膨大な数の拝受事例のうちの、たった一つにすぎないのです。

そして、昭和23年のお詠拝受だけをとってみても、「法の華」の拝受は複数あったというわけなのです。会主様だけが「法の華」を拝受したのではありません。

これらのことを知ると、「法の華」のお詠を拝受したからと言って、そのことに、他の人にはない特別な神秘が隠されている、と説く離脱の神意の解釈は、とてもおかしなことだということに気づきます。

解釈の順序

では、いったいなぜ「離脱の神意」では、そんなおかしな解釈が横行しているのでしょうか。100万体分もある拝受事例の中で、会主様以外の人も「法の華」を拝受しているのに、なぜ岡田三栄子先生はそのことに目を向けず、会主様の「法の華」拝受だけが特別な意味があるのだと説いたのでしょう。

その疑問に対する秀研からの答えは、「岡田三栄子先生を初めとする、秀明教会の幹部には、もともと離脱前から、会主様を特別視する風潮があったから」ということになります。そのことは、当時を知る方からも証言されておりますし、そもそも飛天の文章の中に、そのことが書かれています。

飛天P37
「やっぱり会主様は初めから私どもとおちがいになるのや」ということぐらいはわかっていましたから、すばらしく大きな神秘を詠まれたお歌を偶然に頂かれたのも当たり前だ、とそのくらいしかわかりませんでした。
(注:↑ここまでは、昭和23年、法の華拝受時点の三栄子先生の感想)

(注:↓ここからが、昭和46年、離脱直後の感想)
しかし今思うことは、明主様はこの御神業が一見全部ご破算になるように見えることがあるけれども安心せよ。そのうちにちゃんと本物が育っているからと。そのお役目を担う本物の教会が一つ育っている。その方がこの秀明を率いる会主様であるというお示しであるという大変な意味があったということです。今になってそのことに気がつくのです。

この一文を読んだだけでも、岡田三栄子先生は、昭和23年の時点で、「会主様は初めから私どもとおちがいになる」と考えている方だったことが分かります。

飛天によると、昭和23年の時点で、とにかく会主様を特別視したい三栄子先生は、「こんな素晴らしい会主様が拝受されたのが、なにやらすごい『法の華』のお詠なのだから、これにはなにか深い神秘があるに違いない」と思っていたというわけです。それが、離脱に際し、「ほらわかった!これがその神秘だったのよ」と解釈したのだ、ということです。

つまり三栄子先生の頭の中には、「法の華」の神秘が先にあったのではありません。まず初めに、会主様は偉大で大変な方であり、そして、そんなすごい会主様が行った離脱は正しいのだという無条件的な肯定意識が先にあったのです。そして、「法の華」の解釈は、その大前提と、離脱という行動に整合性をつけるために、後からついてきたものにすぎないのです。

すなわち、会主様が「法の華」を拝受したことが、「会主様が明主様が唯一お選びになったほどの素晴らしいお方」「神慈秀明会が唯一正統」という事の証拠なのだと、私達は習ってきたのですが、実はこれは逆だったんですね。

まず、「会主様は素晴らしい」ということが最初に絶対的に決まっていたんです。次に、「だから「法の華」はご神意」「明主様はそんな素晴らしい会主様だけをお選びになった」「だから神慈秀明会だけが唯一正統」と解釈された、という順序だったんです。

(この話は、数学的には、A=Bなんだよ。なぜなら、B=Aだからさ。と言っているようなものです。これは証明として成立していません。。数学のテストでこんな証明を書くと0点です。)

現在では、この「法の華」の解釈は、神慈秀明会の教義上、非常に重要なものになってしまっており、神慈秀明会だけが唯一正しく、救世教や他の離脱団体はすべて間違っているという、離脱の神意の根幹的な考え方の根本になっています。

神慈秀明会だけが唯一正しく、世界救世教や他の離脱教団は邪神であるという思想は、この「法の華」のお詠の「一つ実」という言葉から来ています。神慈秀明会が、他教団を、同じ教祖を持ち、同じ目的に邁進する仲間ではなく、邪神であると考えるのは、神慈秀明会が「一つ実」だからです。

しかし実際には、わずか10〜20年程度の、明主様のご活躍期間に100万体もの莫大な拝受事例があった、御在世当時の世界救世教の歴史の中で、会主様一人ではなく、他の方も頂いているという、「法の華」の拝受には、そんな重大な考え方の根本に出来るほどの、特別な意味はなかったものであることがおわかり頂けたかと思います。

特別だったのは「法の華」のお詠ではなく、岡田三栄子先生からみた会主様だったのです。

み教えの裏の意味?

飛天にも書かれているとおり、「法の華」は本来、「仏滅の世に観音様のお救いが始まる」意味を示されたお詠ですが、離脱の神意の教学では、「実は救世教の滅亡と秀明会だけに明主様が復活して下さるという裏の意味があった(神秘が隠されていた)」と、離脱の神意では教えています。

ところが明主様は、み教えに内在する裏の意味という事について、次のようにお説きになっておられます。

それからこういうことを時々聞くんですがね。私の本や何かで裏表があると言うんですね。そういうことを聞くんですがね。一時そういうことの随分はなはだしいことがあったです。裏表があるようにみる人は邪神が憑っている。なぜというのは、今までのお経にしろ、あらゆるものは夜のものだから、どうしても確かに裏表があったんです。夜の世界だったら、ここだけは月が照らすから見えるが、ここは見えない。ところが昼の世界ではここも見えるが、ここも見えるんです。だから裏表はないんですね。だから私の説いたものはそんなことはないんです。そのまま信ずればよいですね。

(中略)

そういうわけですから救世教というのは昼の世界を造る。昼の世界になるについて出現した宗教です。ですから今までの日本の宗教と違うんです。だから私の言う通りにやれば決して間違いない。裏があると思ったら間違いですね。だから素直になれというのはそういう意味ですね。素直にそのままやれば、すべてうまくいくんですね。

(昭和27年6月6日)

繰り返しますが、「法の華」の御讃歌は、仏教の散華結実とその後の観音様の救いを書いたお詠です。それまでの仏教の救いと、明主様のご経綸との関係を表したものです。

神慈秀明会には、御在世当時の資料がほとんどありません。そのため、明主様ご自身が「このお道(明主様信仰)は、どのように信仰すべきなのか」をお説きになったか、信者はまったく知るすべを持たないのですが、実は明主様は、上記のとおり、「私の言うこと、書いた物はそのままとり、裏に意味があるように読んではいけない」、と説いておられたのです。

こんなことは、私達神慈秀明会の信者は、まったく知らされていませんでした。神慈秀明会では、この「私の言葉には裏はない」というお言葉を説いておりません。そして、「離脱の神意」では、「法の華」には裏の意味があると説いていました。つまり、「法の華」を「離脱の神意」であると解釈することは、明主様の御言葉と矛盾しているということです。この事実を、現代の私たちはもう一度見なおさなくてはいけません。

最高の「明主様信仰の団体」を自称する神慈秀明会は、このお言葉を知っても、相変わらず「いや、やはり法の華には裏の意味があったのだ」と主張するのでしょうか?だとしたら、「神慈秀明会は明主様よりも離脱の方が上」と言われても仕方がないということになります。

また、この「法の華」の解釈を三十年以上も信じてきた神慈秀明会の信者には、み教えや、神慈秀明会で起こる様々なことを「これにはつねに裏の意味がある」という目で見る癖が付いてしまっている人が多いことも困った状態です。

裏の意味を見る悪い癖の例:

常識というみ教えがあるのに、「世間の常識と明主様の常識は違う。世間の常識を明主様の常識にするのが私たちの御用だ」と自ら非常識な事を言い、非常識な行動を平気でしてきた。

怒るなかれというみ教えがあるのに、日常怒りまくっている資格者や助教師が多かった。信者はそれをみて、「先生が怒るのはなにか特別なみ教えに基づいているからに違いない」などと納得していた。

・そもそも「膨大なみ教えのうち、有効な物は100篇のみである。たとえ教導者であっても読まなくてもよいみ教えが膨大にある。神慈秀明会だけが、読んでいいみ教えと読んではいけないみ教えをしわける事が出来る。」などと考えることが、み教えに裏表がある考え方の究極的な物と言える。

拡大解釈

さて、いずれにしてもこの「法の華」の話は、当時の三栄子先生の個人的信仰的解釈であり、世話人会における「ここだけの話」だったはずなのですが、これが飛天という形で本になり、まるで聖教書のように重用視されてきたため、神慈秀明会では「教義」のように固まってしまいました。

そして、困ったことに、この三栄子先生の「個人的信仰解釈」は後年さらに拡大解釈され、次のような新しい教義を生み出してしまったのです。

「神慈秀明会ハンドブック」P136
「会主様は明主様より昭和23年に頂かれたお詠、法の華 散りて結びし一つ実は 聖観音の身魂なるらむにもうかがい知られますように、聖観音の身魂を、お体の中にお持ちになっておられるお方でございます。」

法の華」のお詠拝受は、離脱の正当性の考察という範囲を超え、これほどにまで拡大解釈されてしまいました。これでは、法の華のお詠を頂かれた他の方もみんな観音様になってしまいます。岡田三栄子先生の「ここだけの話」「個人的信仰解釈」は、このようにまでさらなる拡大解釈がなされ、つぎつぎと新しい教義を生み出してしまったのです。

神慈秀明会の教義では、観音様=明主様なので、放っておけば最後には、会主様は明主様であるという拡大解釈になっていたでしょう。

このように、神慈秀明会には、先生の感情論や個人的な解釈よりみ教えにない解釈を生み、それを聞いた信者が、「先生の仰ったことだから」などと絶対視し、それが噂などによって人づてにどんどん大きくなり、それを繰り返すことで、み教えにない(しかもみ教えとは逆な)新しい教義がどんどん作られていくというような悪い風潮があります。つまり拡大解釈をする癖です。まるで、拡大解釈が出来る人ほど、高い信仰を持っていると言うかのようです。

このような拡大解釈が歯止めされたかった最大原因はみ教え不足です。神慈秀明会はみ教え不足のため、拡大解釈がたとえみ教えの逆であっても、歯止めされず、どんどん大きくなっていく傾向があります。神慈秀明会で、もはや「当然」と思われている考え方の中には、実はそれは、この拡大解釈の産物であり、み教えとくらべてみると逆のことだった、という事が、とてもたくさんあるのです。

そんな神慈秀明会で長く学んできた私達は、明主様のみ教えを学び直し、いままで神慈秀明会で教わった、自分が「当然」と思っている考え方が、本当に「み教え」なのか、それとも「だれかの拡大解釈」なのかを、注意して分析し、誤っている物は少しづつ治していく必要があります。

秀研の「離脱の神意研究」「飛天研究」では、そんな「み教えと逆の、神慈秀明会独自の拡大解釈」をたくさん紹介していますが、これらの数多くの「拡大解釈」の根源は、この「法の華」の拡大解釈にあったのではないかと思います。

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