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ご神体にまつわる噂について

(2003/01/26)

ご神体についてのを解説します。

大光明のご神体に関する噂

実は、神慈秀明会の大光明のご神体に関しましては、昔から次のような噂が流れていました。

  1. 支部のご神体(大光明)にはいくつかの種類があるが、一部の支部の大光明のご神体は、「大」と「光明」をくっつけて作った物ではないか?

  2. 支部のご神体(大光明)にはいくつかの種類があるが、一部の支部の大光明のご神体は、「おひかりの大光明」をコピーして印刷した物ではないか?

  3. 御直筆と言われている神苑の大光明は大きすぎる。なにかを拡大印刷したものではないか?(御真筆ではないのでは)

(ここに書いてあることはあくまで「」です。)


噂1 一部の大光明のご神体は「大」と「光明」をくっつけてつくられたものではないか?

1の噂につきましては、支部のご神体を拝見すると、「大」の中心線が「光明」よりもこころなしか左にずれているように見える、という意見があります。

また、書道をしている人なら、支部の「大」と「光明」は連続して書かれた物ではないことが一目でわかる、というのです。大光明の「大」の字も「光」の字も第一画の筆圧が非常に強く、どちらも「第一文字目」として書かれた物であるように見える、とのことです

支部用の大光明のご神体にはどうやら2つのバージョンがあるようなのですが、私は所属拠点でずっと「大と光明がずれており、第一画目の筆圧が同じ」ご神体を拝して来ました。

ちなみに、私が長年礼拝してきたこの「大がずれているご神体」は、旧京都本部のご神体、すなわち神苑神殿にご奉斎されている「唯一の」ご神体のお文字と同じ(コピー)だと、当時の支部長から聞いています。また、私が礼拝してきたご神体は、以下の黄島のご神体と同じ文字です。

(平成15年秀明紙1月号より写真を引用)

この写真の大光明は黄島神殿四十年祭のものですが、やはり大と光明がずれているように見えます。詳しくは以下をご参照ください。

詳しい解説: 「大」と「光明」 (←クリックしてください。)

一部の大光明が「大」の字がずれているという噂は
かなり信憑性があるもののようです。

噂2 一部の大光明のご神体はおひかりから作られていないか?

2の噂に関しては、支部用の大光明には、「噂1」で説明した、大と光明がずれているバージョン(本部に安置されている「唯一のご神体」のコピー)の他に、もう一種類のご神体があります。

それは、大光明のお文字は一応ひと続きになっているのですが、どうもおひかりの大光明をコピーした物ではないか?と疑われているのです。

なぜ疑われているのかと言いますと、明主様の「お文字の書き方」は、おひかりと御書体では異なり、そのバージョンのご神体のお文字が、御書体としての光明、大光明よりも、おひかりとしての光明、大光明に近いと感じるというのです。

リンク:御書体アルバム おひかりとしての大光明 右下の「大光明」をご参照ください。
リンク:御書体アルバム 経書の大光明 左上の「大光明」をご参照ください。 どちらがご神体の大光明に近いですか?

この二つだけを見比べて結論など出せる物ではないのですが、しかし本サイトで拝見したことのある御書体の大光明は「経書」の大光明の姿にちかく、おひかり(および秀明会のご神体)の大光明に近い御書体は拝したことがないのです。

ご自分の拠点の大光明が、「黄島のご神体」とは異なる場合、おひかりに近い御書体かもしれません。よく確認してみてください。

参考画像:おひかりの大光明を御軸にした物。

しかしはたして、神慈秀明会が、おひかり用のお文字をご神体に兼用して使うなどという出鱈目でいい加減なことをするのでしょうか。神慈秀明会は最高の明主様信仰を誇りにしていた団体です。明主様は、おひかりはおひかりとして、御書体は御書体として、ご神体はご神体としてご揮毫されたのですから、神慈秀明会も御真筆の利用は慎重の上にも慎重に行っているはずで、ご神体におひかり用の物を使用するなんていい加減なことをするとは考えられないのですが、事実ははたしてどうなのでしょう。それについては以下の解説をご参照下さい。

詳しい解説家庭用ご神体について (←クリックして下さい)


こちらをごらん頂くと、神慈秀明会の、
ご神体とおひかりに対する認識がわかります。

噂3 本部の大光明は拡大印刷されていないか?(御真筆ではないのでは?)

3 の噂の根拠は次の通りです。

私たちはもはや、神苑神殿の奥にご奉斎された「世界で唯一の」ご神体を拝することはできませんが、ご遷座前の京都本部の時、ご神体を写した写真が何点か残っています。それを見ると、どうもご神体の大きさが並はずれて大きいというのです。


昭和47年7月の秀明紙に掲載された写真から引用

(舞台から神床までかなりの奥行きがある事がわかる。)

昭和48年4月の秀明紙に掲載された写真から引用

(この写真で、位置的に近くにおられる会主様が位置的に遠くのご神体の中にすっぽり入ることが出来るように見えるということは、ご神体がかなり大きいという事を表している。)


昭和58年 ご神体御遷座の写真。かなりの大きさだと思う。(左は、命様御講話集2「神苑大建設」P116より引用。)

これは平成六年、平安郷での大弥勒御尊像様の御奉斎の時の写真です。幅は同じくらいか?


昭和49年2月の秀明紙に掲載された写真から引用

京都のご神前は、深い奥行きがあり、ご神体も思ったよりむこう側にあります。それでもこのようにはっきり見えるのだから、そうとうの大きさなのだと思います。

この写真から、大光明のご神体の本紙の横幅は、「お御簾 2ます分+へり2本分」であることがわかります。


昭和46年、年頭所感における会主様、命様、たまちゃんの写真です。背景には通常サイズの「(大?)光明」の御書体があります。幅は「こんなに近くから撮影して お御簾 1ます分(ただし表装部分を含めて。「本紙」はもっと細い)」。ふつう御書体はせいぜいこれくらいの大きさです。本部の大光明は、本紙の部分だけで、「お御簾2ます分」あるわけですが、この写真で2ます分というと、約1メートル強といったところでしょうか。(写真の、会主様命様の座高と同じくらいです。)そうすると縦は御軸全体で3メートルちかくにもなるといったところでしょう(上で紹介した御書体アルバムをもう一度見て下さい。縦書御書体の寸法が書いてありますが、どれも紙面の縦横の比率は約3:1です。すなわち横幅が1メートルなら縦は3メートル近くになります。)。如何に大きいかがおわかりいただけるでしょうか。

昭和46年1月発行の秀明紙に掲載された画像から引用

ちなみに右側に移っている大黒様は秀明教会時代にご奉斎していた明主様御開眼の大黒様だそうです。

(クリックすると大きな画像が表示されます)

もしも本部ご神体が一般家庭にご奉斎されていたら

ここで「画像合成」をしてみました。もし横幅がお御簾2ます分の大光明の御書体が家庭にご奉斎されていたら、こんな大きさになります。

(クリックすると大きな画像が表示されます)

いったい、大光明の「大」は、どのくらいの高さになってしまうのでしょう。天井を突き抜けているのではないでしょうか?この写真の床の間の場合は、お御簾の位置から考えて、まず床の間の中に入り切れていないと思います。

通常の日本家屋で3mどころか2mを超える御軸を見栄えよくおかけできる床の間もなかなかお目にかかれません。たしかに、明主様が当時の住宅事情を無視したような「非現実的な」大光明をお書きになったとはと考えにくいです。


以下は参考ですが、前述の「大弥勒御尊像様」をおかけした写真です。大弥勒様(本紙)の大きさは174.5cm×94.7cmです。お御簾を目盛として比べた場合、おそらく紙面の横幅は秀明の大光明と同じか少し狭いでしょう。また、高さは大弥勒様の方がずっと短いです。したがってやはり秀明本部の大光明は横幅はおそらく1mくらい、すると3:1の法則より、縦幅はやはり3mにせまるでしょう。

大弥勒様の紙の大きさでは「光明」までしか書く事が出来ません。大弥勒様よりも大きい紙に書かれた「大光明」が存在したとはちょっと考えにくいですね。

(クリックすると大きな画像が表示されます。)


こちらは以前紹介した、「秀明教会の御在世当時のご神前」ですが、このご神体の幅もだいたい「お御簾1ます分」ですね。このご神体を離脱当時の京都本部にそのまま復活しても、まったく見栄えが悪いという事は納得出来ます。

またまた「画像合成」をしてみました。もし京都本部に、幅が御御簾一ます分のこの大光明如来様がご奉斎されていたら、こんな大きさになっていました。確かにこれでは見栄えが悪いですね。おそらくそれまでにご奉斎されていた「大光明真神」様は、もっと大きく見栄えが良かったのでしょう。

(ちっちゃいな〜〜〜〜)


ある秀明信者はこの点を不審に思い、熱海の教学部の電話番号を調べ、研究者の立場として電話で問い合わせ、「幅1メートルもの大光明の御書体が存在したのか?」と聞いてみたところ、そんな巨大な大光明の御書体は見たことも聞いたこともない、との返答でした。

会主様は、ご自分が明主様から頂いたものやお言葉については非常に詳しくお話しされるのに、この大光明のご神体だけは、いつ拝受したのか、どういういきさつだったのかがあかされていません。そして「ご神体は隠せ」という明主様のみ教えなど無いのに、神殿を造ってご神体を隠してしまいました。これらの点より、このご神体はなにかを「拡大コピー」して作られた物(つまりご真筆ではない)ではないのか?ということを非常に怪しんでいる人が何人かいるのです。

まとめ

繰り返しますがここに書いた事はあくまで噂です。世紀の祭典で復活したご神体はすでに神殿の中ですので、本当の真実を確認することはもはや出来ません。支部用のご神体についてもいろいろと検証しましたが、すべて推測のみであり最終的な結論を出す事は出来ません。

ですが、このページに書かれていることが噂の域を超えるものであるかどうかは、じつは次項「離脱の神意、最大の謎」に関する解説において結論づけられています。

参考 「家族を新興宗教から守ろう」というホームページの「ご神体改造」というページが、ご神体問題に関して、このページよりも詳しい検証を行っています。ぜひご参照下さい。

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